大判例

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東京高等裁判所 昭和36年(ネ)431号 判決 1961年12月14日

控訴人(原告) 森春吉 外一八名

被控訴人(被告) 東京都

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。本件を東京地方裁判所に差し戻す。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の陳述した事実上の主張は、左記のほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する(但し、原判決四枚目―記録四五丁―裏七行目(註、例集一二巻二号三〇七ページ一七行目)に「四」とあるのは、「三」の誤記であり、同五枚目―記録四六丁―裏十一行目(同上 三〇八ページ一二行目)に「不適当」とあるのは、「不適法」の誤記と認められるから、それぞれ右のとおり訂正する。)。

控訴代理人は次のとおり述べた。

一、原判決二枚目(記録四三丁)表十一行目(同上 三〇六ページ八行目)に、「若干の希望」とあるのを、「地元民の諒解納得につとめられたいとの希望」と、同四枚目(記録四五丁)表十行目に、「設置」とあるのを「放置」と、それぞれ訂正する。

二、本件土地は旧多摩川の川床で、従前沼となつていたところであつて、この地区で最も低地であるが、東京都清掃条例(昭和二十九年条例第六〇号)第八条第一項第三号、第一一条第四号によれば、ごみ処理場は環境衛生上支障の少い地並びに排水の良い地を選定すべき旨を規定している。ところが、本件土地は環境衛生上最も不良であり且つ低地であるため、排水の最も不良の土地である。従つて、東京都は満潮時には下水を多摩川に流下させるため、本件土地の南一丁弱の地点に揚水ポンプを設置している。被控訴人は自ら制定した条例に違反して本件ごみ焼却場を設置しようとしているものである。

三、東京都は現に第一ないし第五の清掃工場を設置してごみ焼却作業を行つている。右のうち第一ないし第四の工場は、いずれも旧式で規模が狭少であり、従つてその敷地もそれほど広くないけれども、最近建設された近代的設備を有する第五工場(石神井工場)の敷地は四千五百坪であつて、現在の施設に比しむしろ狭い状況である。ところが、本件土地は僅かに二千百十五坪で、しかも周囲には工場が建設されているので拡張の余地がない。このような狭少な敷地では到底完全な施設並びに操業が行えるものでなく、現に足立区内に建設予定の第七工場の敷地は八千五百坪で且つ附近は緑地帯であり、また、板橋区内に建設予定の第八工場の敷地は一万五千坪であるから、ごみ焼却場の敷地が二千坪程度では完全な操業の不可能であることは明らかである。従つてこの点からみても、本件ごみ焼却場の設置は許さるべきものでない。

被控訴代理人は次のとおり述べた。

一、控訴人が原審で本訴請求の原因として主張した事実のうち、被控訴人が昭和十四年頃控訴人主張の本件土地にごみ焼却場を設置するため右土地を買収したが、建設に着手しないで空地のまま放置してきたこと、控訴人主張の頃東京都知事が第二回東京都議会臨時会に控訴人主張の議案として本件ごみ焼却場設置計画案を提出し、同議会が控訴人主張の日その主張のような希望を付して右原案を可決し、次いで昭和三十年六月八日東京都広報にその旨を登載し、その後被控訴人が訴外西松建設株式会社との間に建築請負契約を締結して右建設工事に着手しようとしたこと、(但し現在はすでに着手している)、ごみ焼却場の設置は地方自治法第二条第二項、第三項第六号及び清掃法により地方公共団体に義務づけられている行政事務に属すること、同法第二条第十四項に控訴人主張のような規定の存すること、昭和十四年当時本件土地は田園の一部で附近に人家もない状態であつたが、その後東京都の発展に伴い本件土地を含む附近一帯の土地が商工業並びに住宅地帯と化し、工場店舗住宅が櫛比するに至つたこと、本件土地の東二百メートルの地点に東京都水道局浄水場があつて、控訴人主張の方法により控訴人等を含む附近約一万世帯に飲料水を供給していること、本件土地の西二百メートル、南二百メートルの各地点にそれぞれ控訴人主張の各中学校、小学校が存在すること、本件土地が旧多摩川の川床に当り、約百メートル南方に下水揚水場があつて、満潮時に揚水ポンプにより下水を多摩川に排水している現状であり、排水処理がごみ焼却場操業上重大な関係を有するものであること、控訴人等が本件ごみ焼却場の設置に終始反対してきたもので、右設置に諒解納得を与えたことのないこと、控訴人等はいずれも本件土地附近に居住する者であることはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。

二、控訴人等の当審での上記主張事実について

(イ)、上記一の訂正には異議はない。

(ロ)、上記二の主張事実のうち、本件土地が旧多摩川の川床であつたこと、東京都清掃条例第八条第一項第三号が控訴人等主張の事項を規定していること、控訴人等主張の地点にその主張のような施設がなされていることは、いずれも認めるが、その余の点は否認する。東京都清掃条例第一一条第四号は、積換場又は処理場(埋立処理場を除く)はその地盤を不滲透質材で敷設し、平滑で排水に便利な構造とすることと規定しているだけである。また、本件土地は多摩川に近い関係から、排水場を設置することにより排水が最も容易にできる場所というべきである。

(ハ)、上記三の主張事実のうち、被控訴人が現に第一ないし第五工場を設置して、ごみ焼却作業を行つていること、右のうち第二ないし第四工場がいずれも旧式で規模が狭少であり、従つてその敷地もそれほど広くないこと、第五工場は最近建設され近代的設備を有すること、本件土地が二千百十五坪で控訴人等主張のように拡張の余地のないことは、いずれも認めるが、その余の点は否認する。第一工場は昭和三十年七月操業が開始された工場で、その敷地は約五千八百八十二坪、第五工場の敷地は約五千二百五坪、近く建設しようとしている第七工場(控訴人等が第八工場と主張しているのは誤りである)の敷地は一万四千二百四十六坪、附近に緑地帯を有する第八工場(控訴人等が第七工場と主張しているのは誤りである)の敷地は九千四百五十八坪である。

理由

被控訴人が昭和十四年頃本件土地にごみ焼却場を設置するために、右土地を買収したけれども、建設に着手することなく、空地のまま放置してきたこと、昭和三十二年五月二十八日同年第二回東京都議会臨時会に第二一五号議案として本件ごみ焼却場設置計画案が提出せられ、同議会は同月三十日右原案を可決したので、被控訴人は同年六月八日東京都公報にその旨を登載し、その後被控訴人が訴外西松建設株式会社との間に本件ごみ焼却場建築請負契約を締結したことは、いずれも当事者間に争がない。

控訴人等は、ごみ焼却場の設置行為は地方自治法及び清掃法により地方公共団体に義務づけられている行政事務の一つであり、被控訴人が本件ごみ焼却場の設置を計画し、その計画案を都議会に提案し、その議決を経て公布し、これに基いて実施する一連の行為は、行政処分である旨主張するに対して、被控訴人は右は行政訴訟の対象となる行政処分に当らないから、その無効確認を求める本訴は不適法である旨主張するので、まずこの点について判断する。ごみ焼却場を設置することが、法律により地方公共団体に課せられた行政事務に属するものであることは、地方自治法第二条第二項、第三項及び清掃法の各規定に照して疑のないところである。しかし、ある行政事務を遂行すべきことが法律上行政庁に義務づけられているからといつて、ただそれだけでは、当該行政事務の遂行としてなされる一連の行為が、当然に行政訴訟の対象となる行政処分に当るとすることはできないのであつて、右にいわゆる行政処分に当るかどうかは、原則として行政主体の当該行為が公権力の行使としてなされ、且つ右行為が直接国民の権利義務に影響を与えるような法律的効果を生ずるものかどうかによつて決定されなければならない。よつて、本件ごみ焼却場設置のために被控訴人がなした一連の行為について考えてみると、被控訴人が本件ごみ焼却場の敷地に当てるためになした土地の買収行為及び西松建設株式会社との間に締結した建築請負契約は、いずれも被控訴人が私人との間に対等の立場に立つて締結した私法上の契約にほかならないものであり、そこにはなんら公法的関係は認められない。被控訴人が本件ごみ焼却場の設置を計画し、その計画案を都議会に提出することは、すべて被控訴人の内部的な行為であり、また都議会の議決は、議員の除名のように、それによつて直接国民の権利義務になんらかの法律上の効果を生ずる場合を除き、法人格を有する地方公共団体の内部的意思決定たる性質を有するにすぎないものである。本件の場合にも、本件のごみ焼却場の設置によつて控訴人等近隣の住民がその主張のような不利益、不安な状態におかれるとしても、それはその設備内容にも重大な関係をもつものでもあり、また、それは本件議決の法律上の直接の効果であるとは認めることはできない。また、被控訴人が右議決を経てこれを東京都公報に登載したことも、ただ右議決のなされたことを一般に周知させたまでのことであつて、そのこと自体なんら法律上の効果を伴うものではない。

次に、被控訴人が本件土地に建物を建築し、機械を備付けその他汚物処理のための諸施設をなす行為、すなわちごみ焼却場の設置行為自体は、一定の法律上の効果を生ずるものでなく、たんなる事実行為にすぎないものである。もつとも、附近住民である控訴人等が、汚物の運搬、集積及び焼却作業等の過程で、堪えがたい悪臭が放たれ、又は煤煙の発散等のため保健衛生上重大な脅威を受け、その権利を侵害されるような事態が生ずるとするならば、それは一方においては、その廃止、移転等の問題として政治上解決すべきであるが、法律上処理するとしても損害賠償その他として私法上処理し得る場合があるとしても、それは全く別な問題であるといわなければならない。

以上説明のとおりであつて、本件ごみ焼却場設置に関する一連の行為は当然行政訴訟の対象とされる行政処分に当ると認めることはできないばかりではなく、右のような行為を間接ながら不利益を受ける者からそれを対象して不服の訴を認めることを特に規定した法規もないから、それが不服の訴の対象となる行政処分であることを前提として、行政庁である被控訴人に対してその無効確認を求める控訴人等の本訴請求は不適法であつて、その余の点について判断するまでもなく、却下を免れない。

従つて、右と同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条第一項を適用してこれを棄却することとし、控訴費用の負担について同法第九五条第八九条第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 杉山孝)

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